機材屋にいた頃から、映画照明の世界について笑い話ばかり聞かされていた。あの技師が怒って何を壊しただの、誰が誰を口説いただの、現場の逸話によって浮かび上がる照明技師のステレオタイプは、職人気質で好色な荒男。失敗すれば殴られる、罵倒される、そんな世界を想像し、変に緊張していたのだが、実際にドラマの撮影に入ってみると、全然違って驚いた。
まず、現場の人は非常に優しい。
笑顔が眩しい。
ぎりぎりと歯軋りしながら照明機材をぶんぶん振り回し、子分をぶん殴るのかと思っていたら、アラアラ、皆さん非常に優しいのには驚いた。撮影途中からの参加となった僕に、「あれ、君は何をしているの?」と声をかけるスタッフ。「こいつはわざわざ日本から来て、毎日毎日スタジオ前に来て頭を下げるもんだから、俺たちも受け入れざるを得なかったんだよ、ガハハ、皆よろしく」と僕を好意的に紹介してくれた。

照明のチーフが僕に言った。
「何にしても、強く欲するというのは非常に大切なことだよ。」
僕が機材屋にいた頃は、現場周辺をうろうろする僕に、「お前、誰だ」といっていた助監督の人も、ここでは一変、「お前、よくやったね」と褒めてくれる始末。
仕事においても、「お前、機材屋にいたのにそんなことも知らねぇのか!」と怒鳴られることがないよう、少ない知識を精一杯役立てようと意気込んでいたが、「お前はまだ何も知らなくて当たり前だから、みんながどうやってるか見てればいいよ」と、優しい感じ。それどころか、「フフフ・・・要、スタッフの中で一番かわいい女性は誰?二番目は?ガハハ」といった感じで、爆笑の日々なのである。日本に興味がある人もたくさんいて、居心地いいことこの上ない。

仕事もサクサクとこなす彼ら、プロってすごいなぁ。しばらくしてお手伝いを出来るようになってきた。前述の通り、飯もウサギが出てきたりして美味しいし。あっという間に食いしん坊のレッテルを貼られる。楽しいなぁ撮影。嬉しいなぁ撮影ご飯。面白いなぁ毎日。
照明の光量を抑えるために、網状の黒布をかけることがあって、この布を「タルラッタン」というのだが、これをトラックから持って来いと頼まれた。チーフに渡す際、僕は聞き慣れない単語を思い出すことができず、T や L やらの印象もおぼろげに、
「はい、タルトレット!」
と絶叫してしまった。そしたら皆が大笑い。何でかなと思ったら、タルトレットというのは、僕がいつも昼ごはんの時にがつがつ食べている、小型のタルトのことだからであった。あの美味しいタルト、タルトレットって言うんだ。
このチームとは7ヶ月後にもう一度仕事をしたのだが、彼らの間では今も、あの布を「タルトレット」と呼んでいる。
まず、現場の人は非常に優しい。
笑顔が眩しい。
ぎりぎりと歯軋りしながら照明機材をぶんぶん振り回し、子分をぶん殴るのかと思っていたら、アラアラ、皆さん非常に優しいのには驚いた。撮影途中からの参加となった僕に、「あれ、君は何をしているの?」と声をかけるスタッフ。「こいつはわざわざ日本から来て、毎日毎日スタジオ前に来て頭を下げるもんだから、俺たちも受け入れざるを得なかったんだよ、ガハハ、皆よろしく」と僕を好意的に紹介してくれた。

食器洗い手袋MAPAのCM撮影1 ミニチュアです。
照明のチーフが僕に言った。
「何にしても、強く欲するというのは非常に大切なことだよ。」
僕が機材屋にいた頃は、現場周辺をうろうろする僕に、「お前、誰だ」といっていた助監督の人も、ここでは一変、「お前、よくやったね」と褒めてくれる始末。
仕事においても、「お前、機材屋にいたのにそんなことも知らねぇのか!」と怒鳴られることがないよう、少ない知識を精一杯役立てようと意気込んでいたが、「お前はまだ何も知らなくて当たり前だから、みんながどうやってるか見てればいいよ」と、優しい感じ。それどころか、「フフフ・・・要、スタッフの中で一番かわいい女性は誰?二番目は?ガハハ」といった感じで、爆笑の日々なのである。日本に興味がある人もたくさんいて、居心地いいことこの上ない。

食器洗い手袋MAPAのCM撮影2 人形遣いさんが手で出演。
仕事もサクサクとこなす彼ら、プロってすごいなぁ。しばらくしてお手伝いを出来るようになってきた。前述の通り、飯もウサギが出てきたりして美味しいし。あっという間に食いしん坊のレッテルを貼られる。楽しいなぁ撮影。嬉しいなぁ撮影ご飯。面白いなぁ毎日。
照明の光量を抑えるために、網状の黒布をかけることがあって、この布を「タルラッタン」というのだが、これをトラックから持って来いと頼まれた。チーフに渡す際、僕は聞き慣れない単語を思い出すことができず、T や L やらの印象もおぼろげに、
「はい、タルトレット!」
と絶叫してしまった。そしたら皆が大笑い。何でかなと思ったら、タルトレットというのは、僕がいつも昼ごはんの時にがつがつ食べている、小型のタルトのことだからであった。あの美味しいタルト、タルトレットって言うんだ。
このチームとは7ヶ月後にもう一度仕事をしたのだが、彼らの間では今も、あの布を「タルトレット」と呼んでいる。

フランスの若者に大人気のロックバンド SUPERBUSのPV撮影・その1
フランスの撮影現場には必ず、Table de regie というものがある。Regie とは、いわゆる「制作部」のこと。各パートの動きを把握し、それが円滑に行われるように配慮するポリバレントな人たちだ。そんな彼ら提供するスタッフのためのオアシスが、この制作部テーブルなのである。
経験も技術も知識もない上に、言葉まで不自由という僕が、とりあえず現場で心がけているのは、他の技術者より早く現場に到着しようということだ。時間だけは守れます、という事くらいしか、自慢できることがないから当然といえば当然である。フランス人といえば時間にルーズなので有名だが、これが映画となると話は別で、遅刻してくるのは監督くらい。集合の15分前には技術者の半分が揃っている。だから、彼らより早く入ろうとするのは大変である。
そうしていくら早く着いても、必ず一番に現場に入っているのが制作部の人たちだ。

フランスの若者に大人気のロックバンド SUPERBUSのPV撮影・その2
早朝。フランスの慣習通り、テーブルの上には焼きたてのクロワッサンとパン・オ・ショコラ。それに常備設置のエスプレッソ・マシン、各種のフルーツジュースにお茶、果物、駄菓子などなど。日によっては、フランス版高級ヤクルト、アクチメルまで並ぶ。昼食の後にはチョコレート、夕方にはサンドイッチと、手を変え品を変え、テーブルは一日中お祭りの賑わいである。
「映画を始めてコーヒーを飲むようになった」
「映画を始めてチョコレートが好きになった」
など、映画の現場を職業とする人たちへのテーブルの影響力は計り知れない。
食べても食べても次が出てくる。つまみ食いはいけない!としつけるのは古今東西変わらぬが、このテーブルを眺めていると、まるでつまみ食いを美徳とする宗教団体なのかと錯覚してしまうくらいだ。そういえばこのテーブルの整然には、どこか祭壇のような趣がある。
SUPERBUSのPV "Lola"
映画学校最終学年、撮影コースを専攻することにした僕がまず選んだのは、照明機材屋で一ヶ月のインターンシップ。だが8月のバカンスシーズンだったため、撮影そのものが非常に少なく、せっかくのインターンといっても暇で暇で、卓球の腕だけがメキメキと上達した。それでも、あんな映画やこんな映画を照らしてきた大きな照明機材を眺めているだけで、何となく映画に近づいているような気がした。

撮影のたび、機材屋と隣接するスタジオの前がトラックで埋まる。暇な時間が多かったお蔭で、ふらふらと潜入しては技術者たちと立ち話をした。そうしている内に良い出会いがあって、某局のテレビドラマの照明研修生として採用された。
機材屋から現場へ。フランス映画技術者の通る、当たり前の道。この過程で僕に最も強い印象を与えたのが、食事の変化だった。機材屋の隅には小さなキッチンと冷蔵庫があり、各々が自腹で食料品を持ってきてこれを調理し食む、というスタイルをとっていた。これに対し、現場では食事専門のトラックがやってきて料理を振舞ってくれるのだ。

撮影初日、食事のテントの中で僕を迎えたのは、6種類のサラダと無数のチーズ、飲み放題の飲料水にワインであった。それだけでも感無量だというのに、6種類全てのサラダを頬張ってなお余力ある僕のところへ、忘れもしないシェフの一言…。
「うさぎと魚、どっちがいい?」
うさぎ?うさぎ?
シェフはフランス南西料理の専門家で、うさぎを料理を得意とするという。そういえばフランスのスーパーには、皮を剥がれたうさぎが売られていた。あれを食べるのか。迷わずうさぎを注文すると、クリームソースが上品な肉料理。これが、うさぎ。料理の名は忘れたが、とにかく美味しくて、汁まで飲んだ。
さらにこの後、フルーツのタルトとコーヒーで食事は終わった。
テントの中、興奮しているのは僕だけであった。「お前、ちっこいのによく食うなぁ」と呆れられるほど、慣れ切ったスタッフはこの食事に感激しない。うさぎも魚も無視して、別にステーキを注文している人もいれば、遠出してマクドナルドを買ってきた人までいるではないか。
プロになるまでの道のりは長いな…。そんな階級差を肌で感じた、スタジオ前のテントの中。初日の午後、食べすぎで思うように動けなかったのは言うまでもない。

照明技師の研修生として参加した、エジプト歌手ムスタファのPV撮影・その1
撮影のたび、機材屋と隣接するスタジオの前がトラックで埋まる。暇な時間が多かったお蔭で、ふらふらと潜入しては技術者たちと立ち話をした。そうしている内に良い出会いがあって、某局のテレビドラマの照明研修生として採用された。
機材屋から現場へ。フランス映画技術者の通る、当たり前の道。この過程で僕に最も強い印象を与えたのが、食事の変化だった。機材屋の隅には小さなキッチンと冷蔵庫があり、各々が自腹で食料品を持ってきてこれを調理し食む、というスタイルをとっていた。これに対し、現場では食事専門のトラックがやってきて料理を振舞ってくれるのだ。

照明技師の研修生として参加した、エジプト歌手ムスタファのPV撮影・その2
撮影初日、食事のテントの中で僕を迎えたのは、6種類のサラダと無数のチーズ、飲み放題の飲料水にワインであった。それだけでも感無量だというのに、6種類全てのサラダを頬張ってなお余力ある僕のところへ、忘れもしないシェフの一言…。
「うさぎと魚、どっちがいい?」
うさぎ?うさぎ?
シェフはフランス南西料理の専門家で、うさぎを料理を得意とするという。そういえばフランスのスーパーには、皮を剥がれたうさぎが売られていた。あれを食べるのか。迷わずうさぎを注文すると、クリームソースが上品な肉料理。これが、うさぎ。料理の名は忘れたが、とにかく美味しくて、汁まで飲んだ。
さらにこの後、フルーツのタルトとコーヒーで食事は終わった。
テントの中、興奮しているのは僕だけであった。「お前、ちっこいのによく食うなぁ」と呆れられるほど、慣れ切ったスタッフはこの食事に感激しない。うさぎも魚も無視して、別にステーキを注文している人もいれば、遠出してマクドナルドを買ってきた人までいるではないか。
プロになるまでの道のりは長いな…。そんな階級差を肌で感じた、スタジオ前のテントの中。初日の午後、食べすぎで思うように動けなかったのは言うまでもない。
エジプト歌手ムスタファのPV
――クロード・シャブロルの撮影現場なんかだと、明るいうちに仕事を切り上げて、夜はご馳走を前にワインを飲むんだってね…
日本で大学生をしていた頃、ある教授から聞いた話である。フランス。ご馳走とワインと。

そうして2004年から映画専門学校の留学生として実際にこの国で暮らすことになったのだが、僕の毎日の献立は、冷凍ハンバーグとパスタが織り成す完璧な中1日ローテーション。美食の国と聞いてやってきたもの、食事は一向に美たる気配をみせないではないか。
なぜか。
理由は単純明快、これは男子学生の一人暮らしなのである。のみならず、スーパーに並んでいる食材が日本と全く違うため、せっかく体得してきた和食を作るのが非常に不便なのである。渡航目的そのものが美食の極意体得にあったなら話は別だが、映画の勉強という名目で遠路遥々遊びに来た自分の食卓は、文字通り悲惨な状況であった。
哀しき腹がぐううと鳴る。僕は独り、故国の納豆の香りを懐かしみ、母が持たせたソバツユをしくしくと舐めた。
そんな状況の中、映画専門学校に入学した。高卒間もない若者が過半数の200人、その中に留学生が5人という環境であった。慣れない外国語、若者言葉。知り合いに挨拶するのが面倒になるほど言葉に苦労したのを思い出す。
一学年目は映画の何たるかを基礎から詰め込まれるプログラムになっていて、技術系の授業はともかく、映画美学、脚本分析など概念的なキーワードを含む全ての講義は不可解の極み、ノートに展開された落書きは抽象アートの領域に達した。
そして学校のカフェテリアで食べるサンドイッチ、すごく不味くて。
でも安く食べるにはここしかなくて。

それから2年後、こんな僕にも転機が訪れる。学校の夏休みを利用した照明機材屋における研修中のことだ。隣接する撮影スタジオを目的なく徘徊し、道行く人に笑顔でボンジュールとやっているうち、映画技術者と知り合いになり、晴れて照明の研修生としてテレビドラマに加わることになった。プロの仕事を、目で見て、手足を動かして学ぶことができるようになった。
撮影そのものに感動したのはもちろんだが、そこで僕が驚愕したものの一つが食事であった。スタジオ脇に設置された白いテントの中で、手を変え品を変え振舞われるフランス郷土料理。冷凍ハンバーグは、肉汁滴るヒレ肉のステーキへと変貌を遂げた。焼き加減は「電子レンジ解凍300W」から「ミディアム」へ。目の前にある業界への入り口、そしてご馳走に、僕の胸は踊った。
無論、常にご馳走がでるわけではない。アタリもあればハズレもある。このエッセイは、僕が実際にフランスの撮影現場で体験「華麗な食卓」の真相を紹介しながら、現場で目にした綺譚に奇譚を綴らんとするものである。
日本で大学生をしていた頃、ある教授から聞いた話である。フランス。ご馳走とワインと。

撮影の半ばに催された立食会
そうして2004年から映画専門学校の留学生として実際にこの国で暮らすことになったのだが、僕の毎日の献立は、冷凍ハンバーグとパスタが織り成す完璧な中1日ローテーション。美食の国と聞いてやってきたもの、食事は一向に美たる気配をみせないではないか。
なぜか。
理由は単純明快、これは男子学生の一人暮らしなのである。のみならず、スーパーに並んでいる食材が日本と全く違うため、せっかく体得してきた和食を作るのが非常に不便なのである。渡航目的そのものが美食の極意体得にあったなら話は別だが、映画の勉強という名目で遠路遥々遊びに来た自分の食卓は、文字通り悲惨な状況であった。
哀しき腹がぐううと鳴る。僕は独り、故国の納豆の香りを懐かしみ、母が持たせたソバツユをしくしくと舐めた。
そんな状況の中、映画専門学校に入学した。高卒間もない若者が過半数の200人、その中に留学生が5人という環境であった。慣れない外国語、若者言葉。知り合いに挨拶するのが面倒になるほど言葉に苦労したのを思い出す。
一学年目は映画の何たるかを基礎から詰め込まれるプログラムになっていて、技術系の授業はともかく、映画美学、脚本分析など概念的なキーワードを含む全ての講義は不可解の極み、ノートに展開された落書きは抽象アートの領域に達した。
そして学校のカフェテリアで食べるサンドイッチ、すごく不味くて。
でも安く食べるにはここしかなくて。

機材屋で研修中に撮った機材
それから2年後、こんな僕にも転機が訪れる。学校の夏休みを利用した照明機材屋における研修中のことだ。隣接する撮影スタジオを目的なく徘徊し、道行く人に笑顔でボンジュールとやっているうち、映画技術者と知り合いになり、晴れて照明の研修生としてテレビドラマに加わることになった。プロの仕事を、目で見て、手足を動かして学ぶことができるようになった。
撮影そのものに感動したのはもちろんだが、そこで僕が驚愕したものの一つが食事であった。スタジオ脇に設置された白いテントの中で、手を変え品を変え振舞われるフランス郷土料理。冷凍ハンバーグは、肉汁滴るヒレ肉のステーキへと変貌を遂げた。焼き加減は「電子レンジ解凍300W」から「ミディアム」へ。目の前にある業界への入り口、そしてご馳走に、僕の胸は踊った。
無論、常にご馳走がでるわけではない。アタリもあればハズレもある。このエッセイは、僕が実際にフランスの撮影現場で体験「華麗な食卓」の真相を紹介しながら、現場で目にした綺譚に奇譚を綴らんとするものである。


