美味しいロケ現場
映画に惹かれてフランスへ。
フルコースのロケご飯と魅力ある人間たち・・・
もう少し映画学校の話を続けようと思う。
DATE : 2008-01-25-Fri  Trackback 0  Comment 0
映画を撮りたいなぁなんて心の中で思っていても、人を動かす力がなければ映画はできない。そこが映画とその他多くの創作活動との決定的な違いで、四半期に一本、なんて簡単に作品を残していけないのが苦しいところである。もちろん、今はカメラも手軽に回せる時代なので、形だけならいくらでも量産は可能だが、少しでも質を求め始めると、どうしても時間がかかってしまう。

映画学校は「学年末にみんなで映画を撮りましょう」とシステム。各自が一本づつ撮るのではなく、学年250人の中で選ばれた数本が制作の対象となり、残りの生徒がポストを争うという形式である。選考はまず、友人で組まれたグループ内で仮選考を行い、次に指導教官の判断を仰ぎ、最後に学校長が決定を下す、という流れをとる。

留学生として一番難しく感じたのは、最初の「友人で組まれた」という部分だ。「同僚=敵」であり、かつ「同僚=撮影仲間」。たとえばこれが作文のコンクールなら、表彰の結果だけが友人のライバル精神を刺激するので制作の効果はむしろプラスだと思うが、この映画学校のシステムの場合、作品の質よりも「いかに友人を納得させるか」、「もっともらしく言いくるめるか」が大切になりすぎて、いわゆる政治が始まってしまうのだ。

政治といっても、女子中学生の派閥作りみたいに下らないことばかりだが、そこをどうにか乗り越えないと、学年末作品ではお茶係になってしまいかねないから、ニコニコしたり一緒にカフェに行ったりするのにも必死なもので、ほんとに下らない、とほほ。誰が何を思っているのかが、さっぱり分からない。何が面白いのか、何が駄目なのか、まったく見えなくなってしまう。面白いと思っても、面白くないような気がしても、フランス語が分からないせいで意味を反対に取り違えてしまっているのではと不安になってしまう。たとえばグループワーク、この全会一致の微笑みの真意は一体、何なのだ…。ガイジンな僕はこうして、いつも途方に暮れていた。

だから、映画学校で学んだのは、言葉が分からない中で女子中政治をやることの難しさだったし、どうやって自分を周囲に認めてもらうか、ということだった。一人でできる創作活動を羨ましく思ったりもした。僕が撮影技術パートに流れていったのは、こういう背景が大きかったと思っている。国や文化が違っても、フィルムを感光する空は母国と同じように青いという有難い現実に、全力でもたれかかってみようと思ったのかもしれない。

つくづく、格好つかない自分。滑稽な留学。ひいては滑稽な人生。

                  *

それから2年後、現場でインターンとして顔を出すようになりました。
テレビドラマ『ヴェルサイユ宮殿〜太陽王の夢』の現場風景。
ヴェルサイユ宮殿に1ヶ月閉じこもって撮影。

ヴェルサイユ宮殿〜太陽王の夢
鏡の間。

ヴェルサイユ宮殿〜太陽王の夢
の裏には僕の担当機材が…。

ヴェルサイユ宮殿〜太陽王の夢
朝も夜も。

ヴェルサイユ宮殿〜太陽王の夢
外も。雨が降って大変だった。

ヴェルサイユ宮殿〜太陽王の夢
沼でも。自然は過酷だなと感じた撮影でした。
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